〔目からウロコ本 その7〕 アリッサ・クォート著 「ブランド中毒にされる子どもたち ~一生の顧客を作り出す企業の新戦略」
posted on 2008年12月23日 00:35
主婦スタッフYbによる「目からウロコ本」。第7回で取り上げるのは・・・
「ブランド中毒にされる子どもたち ~一生の顧客を作り出す企業の新戦略 」
(アリッサ・クォート著、古草秀子訳 : 光文社)
今回の本は、たぶん広石社長が子持ちである私への配慮から薦めてくれた本であると思う。トゥイーン(ティーンエイジャーになる手前の子ども:米国ではティーンエイジャーのみならず、この層もブランド戦略のターゲットとされているそうである)の娘を持つ母として、大変興味深く、そして恐ろしさを感じつつ読んだ。
本書では、米国において子供たちが、いかに企業などの戦略にはまり、ブランド中毒になっているか、それがどんなに彼らの生活に悪影響を及ぼしているかをレポートしている。
ブランド中毒といっても単に、子どもたちがファッションなどのブランド品を買うといったことだけが問題といっているわけではない。子どもたちが、企業の販売戦略の有力購買層としてターゲットにされていること、また、子どもたち自身を利用したマーケティングや広告がなされていること、子どもたちの接するゲームや映画にまで企業ブランド戦略が入っていること、さらに、学校にまでスポンサーとして企業が乗り込んでいることなど、ありとあらゆる子どもたちの生活の中がブランド戦略の場となっていることを危惧し、その影響について警告しているのである。
ある意味、ブランド戦略は、資本主義の世界では企業の努力の一つであり、それ自体は悪いことではない。しかし、「子ども」に対するブランド戦略が、彼らの「子どもらしい生活」に弊害を与える要因であるとしたら、それは問題ではないだろうか。
本書ではいくつの弊害が危惧されているが、その中でも、企業の最も大きな罪は、ブランド戦略により、子どもたちに特定の価値観(それも画一的な)や、人の評価基準は一つしかないという狭い概念を植え付けることであると感じた。
例えば、ハイスクールに通う子どもたちがお互いを判断する基準は、見につけているファッションのブランドであり、人気者になるということは、その子が「何ができるか」でなくて、「かわいい」とか「スタイルがいい」とか「何を身に着けているか」「自分や家族がどのくらいお金持ちか」といった外面的なことだけで、決められるというのである。
どう考えてもこの価値観はおかしい。たしかに、ファッションは自己表現の一つでありこぎれいにするということは大切だとは思うが、その前提には、「人としての中身」「その人らしさ」があってこそと、私などは刷り込まれて今日まで生きてきた。その部分の概念がごっそり若者には抜けているらしい。
そして、こうした傾向は米国でなくても、日本にもあると思われる。また、このような価値観が、社会的な問題を引き起こす一つの要因になっているとも考えられる。日本で起きたある事件の動機の一つが、犯人が持っていた自分の外見上のコンプレックスだったということもあった。さらに、ある調査によると、自分の容姿に自信がないと応えた層の方が、容姿に自信があると応えた層よりも、非正規雇用者である割合が高いというのである。
若者たちよ、自分自身にもっと目を向けましょうよ。答えは自分自身の中にあるのだよ。(どこかで聞いたような、、たしか、、、ラーニングオーガニゼーションの本でしたね)
このように企業のブランド戦略が子供たちに向けられるのには、様々な背景がある。一つには、彼らが自由にできるお金(親からのお金、アルバイト代等)の市場が大きいことである。社会全体が豊かになったともいえるが、共働きの家庭が増えたことも一つの要因とされている。忙しくて時間を共有できない埋め合わせを、お金を与えて解決しようとする親もおり、このことにより、さらに彼ら(彼女ら)が自由にできるお金を増やしてしまうというのである。
また、格差社会が進むにつれて、何としてでも、今よりも上の階層に入りたいという意識が社会全体の蔓延し、その手段の一つが「ブランド」であると位置づけられてしまっているのである。子どもたちは、ブランド品を身につけることで、上の階層(グループ)に入っていると錯覚しているのである。また、ブランド大学を目指すのも、こうした意識に基づいている。
4回目でご紹介した「レクサスが一番になった理由」の中では、アメリカ人がブランドを志向するのは、「他人との差別化」のためであり、それとは対照的に、日本の場合には「あるグループ」に入るためのブランド志向であると指摘されていた。しかし、本書を読む限り、アメリカだって、、、日本と同じじゃんといいたくなる。
さらに、本書では、企業におけるファッション等のブランドの刷り込みならず、その他にも、子どもたちが自分自身をブランド化すべく、脅迫的に肉体のブランド化(美容整形や過度のダイエット)をしたり、ブランド大学への進学の固執(親も含めて)、私小説執筆などを代表とする私生活の投売りを行っていることについても述べられている。
本書を読むと、本当にアメリカ社会は物質主義の最たる社会であり、これが資本主義社会の行く末なのかと暗澹たる思いになる。手本とするのは、もはやアメリカではないとすら感じる。
本当の豊かさとは何か?こうした問題をやはりじっくりと見つめなおしたくなる。そして、ブランド戦略の場に去らされる子どもたちのために、親を含めた大人たちが、何をすべきか、何ができるのかということも考えなくてはならない。こんな勉強会、エンパブサークルでやってみますか?

